大判例

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大阪高等裁判所 昭和43年(行コ)19号 判決 1970年6月30日

控訴人

財団法人

白楽天山保存会

被控訴人

京都地方法務局登記官

武田真平

ほか二名

指定代理人

上野至

ほか三名

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、

一、原判決を取消す。

二、控訴人に対し、被控訴人京都地方法務局登記官武田真平が昭和四一年一〇月三一日付でなした変更登記申請却下処分、被控訴人京都地方法務局登記官南淳一が昭和四二年二月七日付でなした変更登記申請却下処分はいづれもこれを取消す。

三、被控訴人京都地方法務局長西森茂利が昭和四四一年一一月二九日付でなした変更登記申請却下処分に対する審査請求棄却裁決はこれを取り消す。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決を求め、

被控訴人ら指定代理人は、主文と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は次に記載するほかは原判決事実摘示のとおり(但し、被控訴人の本案前の申立の点を除く)であるので、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、非訟事件手続法(以下非訟法と略称)一二四条は憲法一一条九七条に違反するほか三一条にも違反する。すなわち、憲法一三条によれば、国民の基本的人権は公共の福祉に反しない限り、国政の上で最大の尊重を要するとされている。憲法一三条は三一条と相まつて、国民の権利、自由が実体的ばかりでなく、手続的にも尊重さるべきことを要請する趣旨を表現している。行政庁が国民の権利、自由を規制するような処分をするに当つては、いわゆる自由裁量とよばれている行政処分であつても国民は公正適正な手続を保障された権利を憲法によつて保有している。このことは不当な行政処分を受けた国民の不服につき、その当否を審査し、裁決をする裁決庁(審査庁)のなす裁決手続についても同様で審査手続が厳格適正であることが憲法の要請するところである。本件についてこれをみるに、原行政庁は一方的形式的に一言半句の概括的な理由を申しわけ程度に記載した書面を交付したにすぎず、審査庁たる地方法務局長も審査請求人に全く反論防禦の機会を与えず、たやすく審査請求棄却の裁決をしたのは、非訟法一二四条、商業登記法一一九条によつて、行政不服審査法二五条一項但書の適用が除外されているからというだけでは適正手続を履行したと言い難く、行政不服審査法二五条一項但書の適用を除外した商業登記法一一九条およびこれを準用した非訟法一二四条は憲法三一条、一三条に違反する。

二、違法な登記を拒絶された公益法人がその救済を司法手続に求め、これが解決に至る長期の期間何らの登記もなされないまま放置され、その間の応急措置の規定のない非訟法一二四条が憲法一一条、九七条に違反することは既に原審において述べたが、行政事件訴訟法四四条も行政庁について仮処分の規定を排除していて、この間の救済を拒否しているのは憲法一一条、九七条に違反した規定である。

三、被控訴人は憲法三一条は財産権を除外していて本件には関係ないというけれども、同条にいう刑罰には罰金、科料、過料のような財産罰も含まれるのであるから、控訴人の主張は失当である。

また被控訴人は憲法三一条は自然人のみに関する規定であるとも主張するが、法人も刑罰の客体となることは諸種の法律に規定されているところであり、納税の義務を負う反面、自由権を保有することも明らかであるから、憲法三一条の規定は刑罰はもとより、行政処分が法人に加えられるに当つても適用あることはいうまでもない。

四、被控訴人は「株式会社は資本額に相当する会社の純財産が最小限度会社に留保されるようにしている仕組になつている」とし、「このような資本額を登記することによつて会社と取引関係に入る第三者を保護することになる」というけれども、必ずしも左様に参らないことがあることは容易に予想されるところであり、またその実例もあるのである。訴外京福電気鉄道株式会社は公称資本金の額は一〇億円であるが、近年営業不振で法定準備金、任意積立金等をことごとく取り崩し、なお繰越欠損金が累積していて、その資本の実額は右公称資本金を下廻つているが、登記されている資本の額はそのままである(甲第七号証の一、二、第八号証参照)。被控訴人の言うような「最少限資本額に相当する会社の純財産」がない場合であつても、資本の額として登記された金額はなお変更されないままである。これで果して被控訴人の言うように債権者の保護に適つているのであろうか。株式会社にあつては増資もしくは減資の行なわれない限り、損益の如何にかかわらず、登記された資本の額は変更の登記はされないのであるから、資本の額を登記することによつて債権者保護の目的を達成できるとは思えない。商行為を業とし、営利を目的とする株式会社においてさえ然りであるから、これでは設立の目的や性質を異にする公益法人によつて「資産の総額」を登記事項と定めた趣旨を同一に局限する被控訴人の見解には到底賛成できない。

(被控訴人の主張)

一、控訴人は非訟法一二四条で準用する商業登記法一一九条が行政不服審査法二五条一項但書の適用を除外し、審査請求において申請人に意見を述べる機会を与えていないのは憲法三一条の適用手続の規定に反すると主張するが、そもそも法人について、憲法の人権保障規定が適用されるのは、その性質上財産法上の権利義務についてのみであり、憲法三一条で保障されているのは、自然人の生命、自由または刑罰であり、この規定は主として刑罰を科する場合に「法律の定める手続」を要求しているのである。さらにこの規定は財産権を除外しているのである。よつて法人の財産権に関する手続が憲法三一条の規定に関係ないことは明らかである。

さらに法人の登記について、行政不服審査法二五条一項但書の意見陳述の機会を与える規定を除外したのは、法人の登記は書面による形式審査に基づきなされるものであるから、その不服審査も登記申請当時の書面に基づき審査すれば十分であるからである。

二、控訴人は違法に登記を拒絶された公益法人がその救済を司法手続に求め、これが解決に長時間何ら登記されないままに放置され、その間における応急的措置の規定をおかない非訟法(一二四条)は憲法一一条、一三条、九七条に違反すると主張するが、当該登記申請却下処分が違法であるか否かは司法審査により確定されるもので、控訴人主張のごとく、いまだ違法と断言することはできないし、控訴人の主張する応急的措置の内容は明確でないが、執行停止(行政不服審査法三四条二項以下)の規定は登記の制度上登記申請を却下した処分の執行停止をすれば、登記をなさねばならなくなり、かかる登記は後に裁決で却下処分が正当であると認められた場合には登記の公示制度の趣旨に反し、取引の安全を害すること明白である。不動産における仮登記仮処分は権利に関するもので、相手方がその登記申請に協力しない場合に認められているもので、資産の総額の登記は相手方も存在せず、その協力も必要でないから仮登記仮処分も認めるべきものではない。

この様に控訴人の主張はひつきよう現在の司法救済手続の長期化を論難するに帰するもので、その違憲論が失当であることは明らかである。

三、民法四六条の「資産の総額」の意味について。

株式会社における株主有限責任の原則から、株式会社の責任はその財産の範囲に限られるので、商法は会社財産を会社に留保される最少限度を示すものとして資本を規定している。株式会社における資本とは発行済額面株式の株金総額および発行済無額面株式の発行価額から払込剰余金を差引いた額の総額であることを原則とする(商法二八四条の二の一項)。つまり資本は会社財産が会社債権者に対し担保となつている基準を示す数額であり、貸借対照表の負債欄にかかげて、これを控除して利益を算定し、資本額に相当する会社の純財産(資産から負債を控除したもの)が最少限度会社に留保されるようにしている。このことは商法の利益配当の制限(二九〇条)、法定準備金の積立(二八八条、二八八条の二)、額面株式の額面以下の発行の禁止(二〇二条三項)、株金払込についての株主からの相殺の禁止(二〇〇条二項)、発起人または取締役の資本充実の責任(一九二条、二八〇条の一三)、不公正価額で新株を引受けた者の差額支払義務(二八〇条の一一)現物出資についての厳重な監督(一七三条、一八四条、二八〇条の八)の各規定からみても明らかである。この様に株式会社においては最少限資本額に相当する会社の純財産が留保されるような仕組になつている。この様な資本の額を登記することによつて会社と取引関係に入る第三者を保護することになるのであり、これを本件財団法人についてみれば、財団法人の責任はその財産の範囲内であるから、その登記事項である資産の総額とは控訴人が主張する様な単なる、負債を控除しない資産の額と解すべきではなく、負債を控除した純財産ないし純資産(債権者に対して担保となる資産)と解すべきこと当然であろう。かように解しなければ法人の財政の健全性、取引の安全、債権者保護を達成することはできず、資産の総額を登記事項とした趣旨を没却することになろう。

(証拠関係)<省略>

理由

一原判決事実摘示中請求の原因一、二、三の事実は当事者間に争いがない。

二民法四六条一項六号にいわゆる「資産の総額」の意味について。

資産とは本来会計、簿記における用語で、証券取引法に基づく「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」(昭和三八年一一月二七日公布、大蔵省令第五九号)一二条には「資産、負債および資本はそれぞれ資産の部、負債の部および資本の部に分類して記載しなければならない」と規定され、大蔵省企業会計審議会中間報告、財務諸表準則中の貸借対照表準則、第三にも貸借対照表の科目は資産、負債、資本に分類して記載すべき旨定められており、「株式会社の貸借対照表及び損益計算書に関する規則」(昭和三八年三月三〇日公布法務省令第三一号)四条には「貸借対照表には資産の部、負債の部及び資本の部を設け、各部にはその部の合計額を記載しなければならない」と規定されている。ここでは資産とは積極財産を意味するものとされていることは控訴人主張のとおりである。

ところで法律概念は相対的なものであつて、立法目的により、ある法律で用いられている法律用語と同じ用語が他の法律では前者と異なる意味に用いられることはありうるところである。

民法四五条、四六条において法人を設立した場合には四六条所定の事項を登記すべきものと定めているのは、法人の内容の大綱を公示して法人と取引関係を結ぶことあるべき第三者にその内容を知らしめ、取引の安全を保護せんとする趣旨であると解せられるが、このような観点から考えると同法四六条一項六号にいわゆる「資産の総額」とは、積極財産より消極財産を差引いた純財産(純資産)額を指すものと解するのが相当である。

もつとも、記載の形式、内容より真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、成立に争いのない甲第八号証によると、京福電気鉄道株式会社は額面株式一株の金額五〇円、発行する株式の総数四、八〇〇万株、発行済株式の数二、〇〇〇万株、資本の額一〇億円の会社であるが、昭和四四年四月一日より同年九月三〇日までの期による貸借対照表によると、

資産の部合計

七、三八四、九一九、八九〇円

負債の部合計

六、四九〇、三七二、三四六円

資本の部合計

八九四、五四七、五四四円

で資本の部合計金額が前記発行済株式の数二、〇〇〇万株による資本の額一〇億円を割つていること、これは欠損金が一〇五、四五二、四五六円(前期繰越損失一九四、二八一、〇一四円より当期利益八八、八二八、五五八円を差引いたもの)あるためであること、しかし登記簿上は「資本の額、一〇億円」との記載はそのままであることが認められる。商法は第三者と取引関係を結ぶことの多い営利法人である株式会社につき、これと取引関係に立つ債権者保護の立場から、法人登記には「発行済株式の総数ならびに種類及び数、資本の額」を登記すべきものと定め(商法一八八条)、資本充実の原則から利益配当の制限等、前記被控訴人の当審における主張三に記載の如き各種の規定をおいているが、それにもかかわらず、前記京福電気鉄道株式会社の例の如く、現在の純財産は発行済株式による資本の額を割つている場合もあり、登記された資本の額が必ずしも最少限度、純財産を示しているものとは言えない場合のあることは控訴人の主張するとおりである。しかしながら前記のとおり商法は資本充実のための諸規定をおき、一般債権者のための担保となるべき資本額に相当する会社の純財産が最少限度会社に留保される様配慮しているのであつて、偶々前記京福電気鉄道株式会社の如き事例があるからと言つて、それは民法四六条にいわゆる「資産の総額」についての前記解釈を左右する論拠とはならない。

三控訴人のその余の主張についての当裁判所の裁判は左記のとおり付加するほかは原判決理由第二の二ないし四に記載のとおりであるのでこれを引用する。

被控訴人局長に対する訴のうち、被控訴人武田のなした第一次却下処分の違法を請求原因とする部分は行政事件訴訟法一〇条二項により主張自体理由がなく失当である。

控訴人の当審における新たな前記一、二の主張も控訴人独自の見解で採用できない。

四よつて控訴人の請求はいづれも失当として棄却すべきであり原判決は相当であるので本件控訴は棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。(入江菊久助 中村三郎 道下徹)

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